「苦手」を作っているのは苦手意識かもしれないー「苦手なこと」への態度を見直し、自分の伸びしろだと思えた

「苦手」を作っているのは苦手意識かもしれない

ハンコが上手に押せた。
料理で納得いく配膳・盛り付けができた。
どちらも昔から苦手だと思っていたことが、このところ続けて上手くできました。
ハンコはいつも曲がったり、かすれたり、にじんだり。大切な事務書類の提出のし直しになるので、押す前から嫌な気持ちでいっぱい。配膳や盛り付けは、子どものころ給食当番で上手くいかないのが嫌で憂鬱でした。気持ちよく綺麗にハンコが押せた先日、「苦手」を作っているのは苦手意識かもしれないということに気がつきました。「苦手なこと」に対する考えを見直してみました。

「苦手意識」には過去の嫌な記憶や自己評価のジャッジが隠れている

「ハンコが押せない」「盛り付けが下手」など、うまくいかなかった記憶の積み重ねで自信を失うと、苦手意識が生まれます。歩き方を考え出すと、急に手足の出し方がわからなくなり歩けなくなるように、その行動に意識が向きすぎて、失敗を招く。苦手意識によって、さらに「苦手」が強化されているのかもしれません。
また、「苦手意識」には過去の嫌な記憶や自己評価でジャッジが隠れています。自分の出来ることや得意に目を向けないで、出来ないことにフォーカスし、周囲の人からの声を真に受けたり、自分へのダメ出しをして、傷ついてきた過去が多かれ少なかれあるのです。
以前より「苦手なことは自分が得意になりたいこと」だと考えています。私の場合、上手な人との比較や、自分の中で思い描く理想形・完成形があり、そこに到達していない自分をジャッジしているのです。高い理想が欠乏感をうんでいるだけであって、他人が見たら「上手」なことも、自分が「苦手」と感じているだけという場合もあります。例えば、私は食事の時、自分の食べ方が汚いと密かに悩んでいたのですが、数年前に「いつも綺麗に食べるね」と母に褒められ驚いたことがあります。

「苦手」に感じていることのいくつかは、実は自分の「強み」の素

「苦手」に感じていることのいくつかは、実は自分の「強み」の素かもしれないのです。もし上手いか下手かが全く気にならないことなら「苦手」にすら感じないはず。苦手なことは、人一倍気をつけて取り組むので、パッとできることよりも、上達の可能性を秘めているといえます。
うまく出来たらいいな、もっとうまくなりたいということが「苦手意識」の元になっているとき。必要なのは、自分の「苦手」をジャッジすることなく、ただ感じて眺めること。「苦手なこと」を見直してみたら、自分の伸びしろだと思えたのでした。

得意不得意に向き合い、学び、自分の役割を知る

一気に理想形・完成形には到達できないので、出来ている人の行動や、日々の積み重ねから学び工夫すること。
周りに自分より凄い人しかいないとき、「自分には何もない」と感じることもあります。でも、その感情に向き合うこと。周りが凄い人だらけならば、自分が変化するための恵まれた環境にいる証拠。「苦手意識」にとらわれることなく、今提供できる自分の得意や、今の自分で出来ることを見つけて工夫していけば、いつの間にか、何か出来ている。時には「苦手」だと思っていたことが「上手」と言われたり、自分の役割となって「プロの仕事」と言われる日もくるかもしれません。

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