エッセイシリーズ:はぐれものの散歩文学試論①はぐれものは、引き延ばしの時空に住まう

エッセイシリーズ:はぐれものの散歩文学試論
第1回 はぐれものは、引き延ばしの時空に住まう
〜1998年TBSドラマ「ランデヴー」〜
1998年放送のTBSドラマ「ランデヴー」(岡田惠和脚本)は、浪人の時の18歳の夏休み、大好きでみていたドラマだ。(2025年3月8日から4月1日までTverで配信)
田中美佐子と桃井かおりが演じる、正反対の人生を歩んできた大人の女性二人のコメディタッチで洒脱な会話シーンと、二人を取り巻く登場人物たちの関係性が魅力的で、当時の私は録画した最終回を何度も繰り返しみていた。
34歳と40代の二人を憧れの目で見ていた10代の私は、今や同世代となった工藤真由美(桃井かおり)の目線や、二人が逗留する岸田今日子演じるホテルマリアのオーナー百合子の目線でドラマを愛でることになった。
改めて第一話から最終話まで見て、この作品は過去に囚われ、時を止めていた工藤真由美が自らの人生を生き直すための物語であり、必ず終わりのくる夏(時間軸)とリバーサイドタウンという浮世離れした河口のまち(空間軸)を仕掛けに、過去と異なる未知の世界に旅立つものと変わらずその場に残るものとの、別れまでの引き延ばしの時空を描いたドラマなのだと了解した。
当時、浪人生で、何の肩書きもなく、いわば不安定な1年間の引き延ばし期間を過ごしていた私。同じように未来が定まらず、夏の間だけリバーサイドタウンで過ごすことを決めた家出主婦の田所朝子(田中美佐子)が最終話で河口から海へでて“旅立つもの”になる物語に共感していた。
だが、40代になった今の私は最終話で、“残るもの”の物語に共感した。残るものと言っても2種類あって、このドラマでは現実の生活を守るもの(例えば、兄・毅の代わりとなって家業を助ける守や、毅との別れを受け入れて医師として診療所を続けるさとみ)と、引き延ばしの時空を継承するもの(ホテル・マリアの鍵を百合子から渡された中国人のリン)が描かれている。そして、私は後者の、誰かが過去の時間や場所から離れて次の人生に踏み出す境界として来られるような「引き延ばしの時空」の物語を続ける人になりたい、と気がついてしまった。
朝子のような家出主婦やまちに居着いた外国人たちなど、流れものを優しく受け止めるホテルマリアの鍵を貰ったような気がしたのだ。
私にとってのホテルマリアが何になるのかはわからないけれど、いつかこれだと思える鍵が私に手渡されるはずだ(もしくは手元にもう届いているのかもしれない)。心を研ぎ澄まして、それは何かわかるまで、その時を待とうと思う。