【コラム感想】「Point of View 第64回 中野円佳 “時短の罠”の原因と対策」(労働時報の人事ポータル「Jin-Jour」より)

『育休世代のジレンマ』を書かれた中野円佳さんによる「時短の罠」を指摘した労働時報の人事ポータル「Jin-Jour」掲載のコラムを紹介します。多くの企業で取られているワーキングマザーの時短制度が出産後の労働継続に役立っている反面、そこで起きている問題を当事者視点で適切に指摘していて、とても面白い記事です。

Point of View 第64回 中野円佳 ”時短の罠”の原因と対策労働時報の人事ポータル「Jin-Jour」2016/6/10参照)

以下、雑感。
多様な働き方を考える上で、長時間労働でフルコミットすることが前提であることは大きな問題であると思う。杉浦浩子が『働く女性とマタニティ・ハラスメント―「労働する身体」と「産む身体」を生きる』(マタハラも杉浦の著書が語源)で提示した「ケアレスマン」社会、つまりずっと健康で働けるケアの必要がない男性のみを労働者として想定した社会である限り、女性の労働における平等はやってこないのではないだろうか。なお、ここでいう平等とは、1.男女問わず多くの人に働く場でチャンスが同様に与えられ、2.それにチャレンジする環境が物質的精神的に整い、3.その結果を成功失敗含め十全に納得して享受することができる状態であり、それぞれ1は機会の平等、2は多様な人々を包括可能な労働環境の整備、3は結果の平等に該当するだろう。”時短の罠”は2を整える上での問題といえる。
この記事を読んで思ったのは、ワーキングマザーという理由付けに関係なく誰もが必要なタイミングで「時短勤務」可能にしてもいいのではないかということだ。記事にあるように、労働の時間数にかかわらず、成長の機会を得ながら、仕事をしていくことは環境の整い方次第ではワーキングマザー以外でもそう難しいことではないだろう。子育て期の働く女性に対して、マミートラックへ続く「過剰な配慮」(中野による的確な表現であり、これは、杉浦のいう「良かれ」と思って起きるマタハラの一形態でもある)を敷くのではなく、誰に対しても個々が置かれた状況への適切な配慮によって、従業員の意欲や成果へと繋げることが望ましいだろう。それが女性、ひいては子育て期の男性、介護、病気、障害など必ず「ケアを必要とする社会」に生きるすべての人々の活躍につながるということだと思う。

私は「良かれが良かったことはない」とつくづく思う。「良かれ」は、相手の状況を一方的に詮索することでしかない。例えば母親役割の優先が、本人の希望であるように思え(実際希望でもあり嘘ではないのだが)、それが働くことと育児の両立を図る当事者自身も把握していないもやもやとなっていることは記事でも指摘されている。人事や労務の制度では、「良かれ」という社会一般的な物差しによる詮索ではなく、その人に必要で会社にとっても利益となる具体的なすり合わせが制度活用に向けて必要になってくるだろうし、「時短」を選択する当事者も、もやもやを飲み込まず「(結果)どうなっていたらいいのか」をイメージできるようになれたらいいのではないだろうか。
なお、こういった悩みが、ケアを担う性とされる女性にかなり偏っていること自体が問題でもある。これまでのワーキングファザーがこの悩みにほぼ直面せずキャリアを追求できたのは、労働=男性の場という社会の一般的な物差しが通用していたからである。現在、多くの家庭は共働きで、家事・育児も分担するにもかかわらず、男性が長時間労働から降りられないのだとすれば、「イクメン」は「スーパーマン」でしかない。オリエンタルラジオ中田敦彦 イクメンアップデート中を読んだとき、かつての機会均等法世代の女性が「スーパーウーマン」と言われ、ロールモデルとなる一方、自分には出来ないと感じ取った女性たちが労働から降りる選択をしたことを思い起こした。男性の育休取得率はわずか(内閣府『男女共同参画白書 平成28年版 』 I-3-5図 男性の育児休業取得率の推移)であり、「男性が仕事と育児を両立する」という今の育児世代のテーマは、はじまったばかり。女性を家庭との両立に囲い込み、男性を労働のみに囲い込む「良かれ」という対応に職場で直面する機会はまだまだあるだろう。個々のケースで”罠”を解きほぐしながら、多様性のある労働環境や制度が広がることを望みたい。

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